うま味が日本で発見されてから100年以上がたち、うま味(UMAMI)はシェフや食に関心の高い人々を中心に世界中で注目を集めています。
うま味は、甘味、酸味、塩味、苦味に続く5 番目の味です。これら5つの味はほかの味を混ぜ合わせてもつくることのできない独立した味であり、「基本味」と呼ばれます。うま味は、主にアミノ酸の一種であるグルタミン酸や、核酸であるイノシン酸とグアニル酸に、ナトリウムやカリウムなどのミネラルが結合した物質の味を総称しています※。
うま味は料理のおいしさに深く関わり、健康的な食生活を送るうえでも欠かせない味です。おいしさとは、風味、食感、匂い、温度、色や形のような見た目などさまざまな要素と、食べる人の体調、環境や食文化、経験などから決まる総合的かつ主観的な評価です。甘味、酸味、塩味、苦味、そしてうま味の5つの基本味は、おいしさを構成するもっとも重要な要素です。
食べ物のおいしさと基本味
※学術的には、うま味はグルタミン酸、イノシン酸、グアニル酸にナトリウムやカリウムなどのイオンが結合した塩類(グルタミン酸ナトリウムなど)の味として定義されていますが、本書では学術的な正誤に関わる部分を除き、理解しやすさを優先し、うま味とはグルタミン酸、イノシン酸、グアニル酸の味として表記します。
アスパラギン酸(アミノ酸)や、アデニル酸(核酸)の塩類もうま味物質の一種です。グルタミン酸に比べ、弱いうま味をもっています。コハク酸(有機酸)も貝の特徴的な味を構成している物質であり、うま味物質とする学説もあります。
うま味はよく「旨味」「旨み」「うまみ」と混同され、表記されることがあります。「旨味」などはいわゆる「おいしさ」を表しているのに対し、うま味は甘味、酸味、塩味、苦味と同様に、味の要素である「基本味」のことをいいます。
うま味インフォメーションセンターでは、うま味の発見者である池田菊苗(いけだ きくなえ)博士が「うま味」と名付けたことに敬意を表し、そのように表記するよう推奨しています。
人間にとって5つの基本味を感じることは、危険な食物を避け、安全に栄養素を摂取するために必要な、生命維持のための欠かせない感覚です。
未熟な果物や腐敗物のもつ有機酸による酸味や、アルカロイドなどの苦味を感知することで危険を避けることができます。逆に、エネルギーのもととなる糖分の甘味や、体液のバランス維持に必要なミネラルの塩味を感じれば、積極的に取り入れるでしょう。
うま味はタンパク質を摂取したことをからだに知らせるシグナルの役割を果たしています。うま味を感じることによって唾液や消化液が分泌され、タンパク質の消化をスムーズに進めることができるのです。
基本味の代表的な食材・味物質
主なうま味物質であるグルタミン酸、イノシン酸、グアニル酸はどのような食材・食品に多く含まれているのでしょうか?
グルタミン酸は肉や魚、野菜など、さまざまな食材に含まれています。イノシン酸は肉や魚など動物性の食材に多く含まれており、グアニル酸は干し椎茸などの乾燥したきのこに多く含まれています。
うま味物質は、熟成や発酵によって増えることもわかっています。醤油のような穀類を原料とした発酵調味料、タイのナンプラーやベトナムのニョクマムといった魚醤(ぎょしょう)、チーズなど、世界に見られる伝統的な食品の多くは、うま味が豊富に含まれているのです。
うま味の多い食材
味噌や醤油、魚醤などの発酵食品や、チーズや生ハムなどの熟成を伴う食品は、グルタミン酸が豊富に含まれています。これらの食品は、大豆や魚介類、乳、食肉などの原料に含まれるタンパク質が、発酵・熟成の過程で分解されることにより、グルタミン酸が増え、うま味が増しています。
たとえば生ハムの場合、豚のもも肉を塩漬けし、乾燥させて丹念に熟成させますが、このあいだにグルタミン酸の量は約 50 倍にもなります。また、チェダーチーズやパルミジャーノ・レッジャーノなどの長期熟成タイプのチーズは、発酵・熟成の過程で乳中のタンパク質が分解され、グルタミン酸が大幅に増加しています。
タンパク質は、20 種類のアミノ酸が長くつながりあうことにより構成されています。食品中のアミノ酸のなかでもっとも多く含まれているのがグルタミン酸であり、肉や魚などのタンパク質を構成しているアミノ酸の約15 パーセントを占めています。
タンパク質そのものは味がありません。タンパク質が分解され、つながりあっていたアミノ酸がバラバラの状態になることにより、はじめて味が感じられるようになります。このバラバラの状態のアミノ酸を「遊離アミノ酸」といいます(本書では「遊離グルタミン酸」をすべて「グルタミン酸」として記載しています)。
なお、遊離アミノ酸は、うま味をもつグルタミン酸やアスパラギン酸のほかにも、グリシンやアラニンなどの甘味をもつもの、ロイシンやバリンなど苦味をもつものがあります。
生ハムの熟成による
グルタミン酸量の変化
チェダーチーズの熟成による
グルタミン酸量の変化
タンパク質と遊離アミノ酸の関係
うま味は生まれたばかりの赤ちゃんにとって大切な味です。母乳のなかには、うま味物質のグルタミン酸が豊富に含まれています。母乳だけでなく、お母さんのおなかの羊水にもグルタミン酸が含まれているのです。うま味は赤ちゃんにとって、生まれるまえから慣れ親しんでいる味といえるでしょう。
基本味は赤ちゃんにも、摂取したものが栄養素か有害物かを知らせる大切なシグナルです。生まれて4カ月目の離乳期の赤ちゃんに酸味と苦味の溶液を口に含ませたところ、拒絶するしぐさを示しました。一方、甘味にはおだやかな表情を示しました。次に野菜スープをあたえると、赤ちゃんは少し顔をしかめましたが、うま味を加えた野菜スープには甘味と同様におだやかな表情を示しました。
産後7日目の母乳中のアミノ酸
乳児の味覚に対する反応
本実験は J・E・シュタイナー博士による実験方法に基づき、専門家の監修のもとで実施した。乳児は塩味の感度が成人に比べて低く、健康への影響が懸念されるため、塩味をあたえる実験は実施していない。
参考:J.E Steiner et al., (1987)
うま味はどこで感じる?
舌の表面には乳頭という組織が点在しており、このなかに味を感知する味蕾という器官があります。味蕾は味細胞(みさいぼう)が数十個集まってできた、花のつぼみのような形の器官です。味細胞には甘味、酸味、塩味、苦味、うま味の各物質を受け取るしくみ(受容体)があり、ここから情報が脳に伝えられ、人は食物の味を知覚しているのです。
うま味物質とその受容体は、鍵と鍵穴のようなものです。味細胞の受容体がうま味物質であるグルタミン酸を受け取ると、その情報は味覚神経を介して速やかに脳につたえられ、うま味が認知されます。
うま味はタンパク質のシグナル
各基本味は、栄養素や有害物のシグナルの役割を果たしています。うま味はアミノ酸や核酸の味であり、その食物のなかにわたしたちが生きるために必要なタンパク質という栄養素が含まれていることを知らせてくれるのです。
グルタミン酸の役割
最近の研究によって、舌だけでなく胃にもうま味の受容体が存在することがわかりました。
胃に食物が入り、胃の受容体がうま味物質(グルタミン酸)を受け取ると、うま味の情報は迷走神経を介して脳につたえられます。そして、タンパク質の消化吸収を始める指令が脳から胃に送られます。
このように、うま味はタンパク質の消化吸収に深く関わり、からだにとって大切な役割を果たしています。今後、さらに消化吸収におけるグルタミン酸の役割が解明されることが期待されています。
味を感じるしくみ ? 口腔内の構造
うま味を感じるメカニズム
調味料の歴史とうま味
有史以来、人類は食事をおいしくするためにさまざまな調味料を生み出してきました。塩は紀元前より、砂糖や酢も古くからなじみのあるものです。誰もが甘味、酸味、塩味を容易にイメージできるのはそのためです。
うま味も多くの食物に含まれており、醤油や味噌、チーズといった伝統的な食品に含まれる味として親しまれてきました。しかし、うま味が基本味として発見されたのも、うま味調味料としてグルタミン酸ナトリウムが発明されて世にもたらされたのも、およそ100年前と、歴史が浅いのです。
日本人が発見したうま味
基本味は甘味、酸味、塩味、苦味の4つであると長く思われてきました。しかし、この4味では説明できない「もうひとつの味」が存在することに気づいた学者が日本にいました。旧東京帝国大学(現東京大学)の池田菊苗(いけだきくなえ)博士です。池田博士は昆布だしの主要な味の成分がグルタミン酸塩であることを発見し、その味を「うま味」と命名しました。そして、うま味は基本味のひとつであることを論文に記しています。
池田博士に続いて、イノシン酸塩、グアニル酸塩がうま味物質であることを発見したのも日本の科学者たちでした。
池田博士が昆布から
抽出したグルタミン酸
12 キロの昆布から30グラム
のグルタミン酸が得られた。
池田菊苗博士
1908年 | 池田菊苗博士は、「もうひとつの味」の成分が昆布に多く含まれるアミノ酸の一種グルタミン酸塩の味であることを発見し、その味を「うま味」と名付ける。 |
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1913年 | 池田博士の高弟である小玉新太郎(こだましんたろう)氏は、かつお節のうま味物質が核酸の一種イノシン酸塩であることを発見。 |
1957年 | ヤマサ醤油研究所の國中明(くになかあきら)博士は、核酸の一種グアニル酸塩がうま味物質であることを発見。のちにこれが干し椎茸のうま味物質であることを確認。 |
デリケートな味。淡く微妙な味。舌に広がるような、舌全体が包み込まれるような味。長く余韻の残る、持続性のある味。唾液が出て口のなかが潤うような感覚……。うま味を体験し、その味を理解したシェフたちは、うま味の特徴をこのように表現しています。
うま味の3つの特徴を取り上げてみましょう。
舌全体に広がる
うま味は「舌に広がるような、舌全体が包み込まれるような味」と表現されることが多くあります。食物を食べるとき、わたしたちの舌は動いています。このような自然な状態で、甘味や塩味、うま味をもつ味物質を溶かした水溶液を、ほんの一滴スプーンの背からなめとったときに、舌のどの部分で味を感じているかを詳細に調べた研究があります。その結果、うま味は甘味や塩味よりも広い範囲で感じられることがわかりました。
持続性がある
うま味物質であるグルタミン酸とイノシン酸、食塩、ワインの酸味成分である酒石酸(しゅせきさん)の溶液をそれぞれ一度口に含み、吐きだしてから口のなかに残る味の強さを比較した研究があります。その結果、塩味と酸味はすぐに味が弱くなってしまうのに対して、うま味は数分間にわたって長く味が残っていることがわかりました。このことから、基本味のなかでもうま味は食物の「あと味」に大きな影響を及ぼしていると考えられます。
唾液の分泌をうながす
酸味が唾液の分泌をうながすことはよく知られていますが、実際にはうま味のほうが唾液の分泌をうながし、その効果は長く持続することが明らかになっています。
また、酸味によって分泌された唾液は水っぽく、さらさらとしていますが、うま味によって分泌された唾液はそれよりも粘性があり、口中を潤す効果が高いことがわかっています。
もしも唾液がなければ、味を感じたり、スムーズに食物を飲み込んだりすることができません。うま味はその機能のカギを握っているのです。
昔から利用されてきた相乗効果
代表的なうま味物質はアミノ酸系のグルタミン酸と核酸系のイノシン酸やグアニル酸ですが、これらはそれぞれ単独よりも、グルタミン酸と核酸系のうま味物質を組み合わせることで、うま味が飛躍的に強く感じられることが科学的に証明されています。これを「うま味の相乗効果」といいます。
しかし、このことが証明されるはるか昔より、うま味の相乗効果は利用されてきました。グルタミン酸を多く含む野菜とイノシン酸を多く含む肉や魚を組み合わせたスープストックや中国料理の湯(タン)、グルタミン酸の多い昆布とイノシン酸の多いかつお節からとった合わせだしなど、昔から世界の各地域でさまざまな料理に活用されています。これはうま味の相乗効果を経験的に知り、料理に応用してきた結果といえるでしょう。
グルタミン酸とイノシン酸の相乗効果によるうま味の強さは、配合比によって変化します。全体のうま味物質の濃度が一定になるようにし、グルタミン酸とイノシン酸の配合比を少しずつ変化させた水溶液を用いて官能評価を実施したところ、グルタミン酸とイノシン酸がちょうど1:1のときにもっともうま味が強くなることがわかりました。これは単独で味わうときに比べ、およそ7〜8倍とされています。
ある老舗料亭の一番だしを分析してみたところ、グルタミン酸とイノシン酸の配合比はちょうど1:1でした。長年だしの味を追求しつづけるなか、もっともうま味が強くなる配合にたどり着いたのでしょう。
うま味の相乗効果
グルタミン酸・イノシン酸の配合比とうま味の強さ
※トータルのうま味物質の濃度が一定(0.05g/100㎖)になるよう、グルタミン酸とイノシン酸の割合を調整した。
日本のだし、フランスのブイヨン、中国の湯(タン)......、素材や使い方は違いますが料理には欠かせないものです。その成分を分析すると、いずれもうま味物質であるグルタミン酸やイノシン酸が多く含まれ、強いうま味が感じられます。西洋でも、東洋でも、うま味は上手に使われています。
日本のだしは、グルタミン酸と弱いうま味をもつアスパラギン酸、そしてイノシン酸からなるシンプルな構成になっています。一方、ブイヨンや湯(タン)には、各種のアミノ酸が含まれていて、より複雑な味をもっています。
だしの成分比較
※ 一番だしには、かつお節由来のヒスチジンという弱い酸味をもつアミノ酸が多くふくまれる。
分析協力:味の素株式会社
うま味の機能は料理の世界のみならず、栄養学や医療など、さまざまな分野から注目されています。
うま味の減塩効果
うま味は減塩にも効果を発揮します。塩分のとりすぎがさまざまな生活習慣病につながることは、多くの研究や統計などで指摘されています。けれど、料理をおいしく食べるには、一定量の食塩が必要不可欠です。極端に減塩した料理は味気なく、減塩がからだによいことがわかっていても、継続することはなかなか難しいものです。
うま味を活用すると、おいしさを損なわずに減塩できることが確認されています。標準的なかき玉汁を用いた実験では、うま味を強くした場合とそうでない場合を比較したとき、うま味を強くした場合は使用する食塩の量を約30%減らしてもおいしく感じられたという結果が出ました。うま味を上手に使った調理をす ることで、減塩しなければならない方も健康な方と同じように楽しめるヘルシー な会席料理を提供する日本料理店もあります。
毎日の食事にうま味を活用することで、使用する食塩の量を減らしてもおいしい食事を楽しむことができるのです。
高齢者の QOL※改善
うま味には、唾液の分泌をうながす効果があります。近年、味覚生理学の研究が進み、うま味物質グルタミン酸によって唾液の分泌がうながされること、またその分泌はイノシン酸を一緒にとることでさらに促進されることが確認されています。
高齢者の味覚障害の原因のひとつは、唾液の分泌低下によるものとされています。このような障害は、うま味による唾液の分泌促進によって改善されるという報告があります。イギリスでもシェフと科学者のコラボレーションにより、うま味を活かした高齢者向けのメニューが開発されています。うま味の活用は、高齢者のQOL改善においても進みつつあるのです。
※ Quality of life(クオリティ・オブ・ライフ)のこと。生活や人生の内容の質や、人間らしく幸福 に暮らせているかについての尺度を指します。
うま味食材でフレンチもおいしくカロリーダウン
生クリームやバターの使用量を減らす一方、ブイヨンの量を増やし、うま味の多い食材を活用することで、従来のポタージュに比べてカロリーを 1/3 に抑えられます。うま味を活用することで、おいしさとカロリーダウンの両方が実現できるのです。
協力:下村浩司氏(エディション・コウジ シモムラ)
だしのうま味を活用した減塩食
通常よりだしの素材の量を増やしたうま味の強いだしで煮物をつくるなど、うま味を活かせば食塩の使用量を減らしてもおいしく食べられることに着目。塩分を控えなければならない方でも食事を楽しむことができます。
協力:田村 隆氏(つきぢ田村)
ヘルシーな日本料理に世界が注目
近年、先進国の食のトレンドは、生活習慣病の予防や健康維持のため、動物性油脂分やカロリーを控える傾向にあります。そのような状況を背景に、日本料理はヘルシーな料理として注目され、世界中でブームになっています。
日本料理は動物性油脂に頼ることなく、だしのうま味で素材の味を最大限に引き出しています。世界中のシェフが、こうした調理技術を学びに日本を訪れるようになりました。海外のシェフは日本のだしを学び、動物性油脂の代わりにうま味を活用する技を身につけます。そしてうま味を取り入れた独自のスタイルを築いています。
豊富な食材を使っていても低カロリーの弁当
この弁当には 40 種類以上の食材が使われていますが、分析の結果、エネルギー量は 500kcal 以下でした。だしのうま味を活用して、素材の味を引き出す日本料理の技が発揮されているのです。
協力:村田吉弘氏(菊乃井)