1907年(明治40年)、池田は昆布のうま味成分の研究を開始しました。それまで池田は、物理化学という実用からはもっとも遠い分野の研究をしていました。純正化学者であった池田は、「応用面で成果を挙げ、純正化学者が工業上からも“無用の長物”でないことを示そう」と考えていました。この考えが、池田がうま味成分の研究を始める背景にありました。
うま味成分の研究を始めてから1年後の1908年に、うま味成分を明らかにしました。したがって、2008年はうま味発見100周年に当たります。
池田は乾燥した昆布を出発材料としました(図2)。昆布には多量のタンパク質が含まれていますが、乾燥昆布中ではタンパク質は変性しており水に溶け出しません。したがって、乾燥昆布の水抽出液にはタンパク質は含まれていません。この抽出液には食塩やマンニトールが大量に含まれていますが、これらは結晶として沈殿するので容易に取り除くことが出来ました。池田は、未知うま味物質は有機酸であると推定していました。ろ液は中性なので、未知有機酸は塩の形で含まれています。この有機酸塩は、水によく溶けるので容易には沈殿しません。池田はろ液に硝酸鉛を加え、未知有機酸を鉛塩として沈殿させました。鉛を取り除いた後、硫酸で処理して酸型の未知うま味物質の結晶を得ました。乾燥昆布12kgから30gの酸型の未知うま味物質を得ました。この未知物質は、種々の分析によりグルタミン酸であることが明らかになりました。
グルタミン酸自身はうま味をもっていません。池田はグルタミン酸をアルカリで中和してグルタミン酸の塩を作成し、これがうま味を呈することを確認しました。グルタミン酸自身はすでに発見されていた物質ですが、それまでグルタミン酸を祇めた人は、酸っぱくて不味い味がすると記述しています。昆布は中性の食材であり、その中のうま味成分は中性の塩の形で存在する筈です。グルタミン酸を中和して塩の形で味わったことは、池田の物理化学的な素養の賜です。池田は英語に堪能でしたが、何故かうま味成分の発見の論文を日本語で書いています。