うま味レクチャー 2015 「うま味とデセール」 -知と技を活かす- 【開催報告】
2015.12.25
- 日 時:平成27年11月27日(金)午後2時~4時
- 場 所:OnJapan Cafe 東京都渋谷区神宮前6丁目8-1
- 参加者:31名
- 登壇者:川崎 寛也氏(味の素株式会社イノベーション研究所主任研究員)
長江 桂子氏(AROMEアローム(パティスリーコンセイユ)代表)
二宮 くみ子氏(NPO法人うま味インフォメーションセンター理事) - 報告者:NPO法人うま味インフォメーションセンター事務局
NPO法人うま味インフォメーションセンターでは、これまで食材の持つうま味とそのうま味を活かした日本料理、中国料理、フランス料理をテーマにうま味レクチャーを実施してまいりました。
今回のレクチャーでは、料理だけでなく、コース料理の最後に出されるデセール(dessert)に着目し、調理を知る研究者の川崎寛也氏と、世界で活躍するパティシエの長江桂子氏が、知と技を融合してうま味の可能性を探るという内容で企画し、食ジャーナリストの方々にご参加いただいて実施いたしました。
また会場のOnJapan Cafeは、食や書籍、セミナーなどを通して日本文化を紹介する場所として昨年11月にオープン、和食の特徴である「うま味」を意識したメニューで、ランチ、ディナーを提供してうま味の情報発信を行っています。始めに、弊センター二宮くみ子理事が、「世界が注目するうま味のちから」をテーマに、試食試飲によるうま味体験を交えて、うま味の基本情報について講演いたしました。
はじめに"うまみ"には二つの意味があることについてお話ししました。一つは感覚的なおいしさの程度を表す「旨み(あるいは旨味)」、もう一つは、5つの基本味の一つで、科学的にある特定の物質の味質を表す「うま味」で、どちらも同じ発音のため混同して使われることがあります。基本味の「うま味」はこのような味ですと一言で説明するのが難しい味なので、今日はご自身の言葉でうま味が説明できるよう、うま味を体感していただきますということで、ドライトマトをゆっくり噛み、その中の味を探っていただきました。食べ終わり、ドライトマトの酸味や甘味が消えてもまだ舌の上に何か乗っているような感じがありませんかという問いかけに、会場の皆さま全員がうなずき、この何とも表現するのが難しい味がうま味ですとの解説に納得されました。さらにうま味について、1.舌全体に広がる、2.持続性がある、3.唾液の分泌を促す、という3つの特徴を説明いたしました。
続いて、野菜スープを使ってうま味の効果を体感していただきました。セロリ、人参、ブロッコリー、マッシュルーム、玉ねぎ、パセリなどの野菜を80℃の低温で20分ほど茹でたもので、低温の理由は、野菜に含まれている味の成分やアミノ酸が十分に出きっていない状態に留めるためです。この野菜スープに食塩を0.3%加えたものを試飲していただきました。通常おいしく感じる塩分濃度は0.9%ですが、味の比較のために塩分濃度も押さえてあります。野菜スープは、それぞれの野菜の味がバラバラで、何ともまとまりがなく水っぽく感じる味です。この野菜スープにうま味であるグルタミン酸ナトリウムを0.1%加えたものを試飲しました。加える前の野菜スープと比較して、濃厚感、まろやかさが強くなり、バラバラだった味が調和し広がりを感じる味になり、塩分も同じ0.3%なのに丁度良い味に感じられました。二つの野菜スープを飲み比べていただき、うま味の効果について、皆さまは納得の表情をされていました。
次に、フランス料理の日本人シェフのメニューから、うま味を上手に使うことで、159kcal/100mgあった従来のマッシュルームスープを、味の満足感は落とさずに46kcal/100mgに下げることができた事例を紹介し、最後に今世界中のシェフがうま味を上手に使うことでヘルシーになるということに注目していて、今年7月ミラノ万博で開催したうま味サミットでも高い関心を集めていた様子を映像で紹介いたしました。
二つ目の講演は、味の素株式会社イノベーション研究所主任研究員の川崎寛也氏です。川崎寛也氏は、2004年京都大学大学院農学研究科博士課程終了後、味の素株式会社に入社され、同社食品研究所、仁愛大学人間生活学部講師を経て、2011年より現職です。専門は栄養化学、調理科学、食品科学で、「日本料理ラボラトリー研究会」会員、「日本料理アカデミー」正会員として、科学者の視点から料理を研究されています。
本レクチャーでは、「研究者とショコラティエのコラボレーション」というテーマで、料理をどのように考えるかについて科学者の視点から講演されました。
「料理はアートではなくデザインである」、科学というよりも哲学的な切り出しでお話がスタートしました。椅子を例にとり、椅子のデザインとは、座るということは何なのかという本質を抽出し、そのソリューションを提供するために意図的にコントロールすることであると定義しました。料理も同様で、食べるということは何なのかという料理の本質を考え、意図的にコントロールすることが料理をデザインすることであると定義されました。そして、科学は本質を見える化するための考え方、方法を提案することで、そのことにより料理に役立つと解説しました。
料理をデザインする時に必要な要素は、調理技術(どうやって作るか)、風味・食感(どんな風味・食感)、感覚(どう感じさせるか)で、この3つの学問分野の融合が重要なのだが、調理技術は調理科学、風味・食感は食品科学で研究されているが、感覚はあまり研究が進んでいません。川崎氏はこの感覚に注目し、感覚科学をもとにした風味や食感のデザイン(Sensory based Flavor design)ができるのではないかという研究を始めました。味覚・嗅覚の情報がどのように脳に伝わるか、伝える情報は何かという科学的な説明に続いて、料理において重要な情報は、質(味質、香ばしさなど)、濃度(強さ)、時間(いつ、どれくらい)で、これまでの研究は質、濃度が中心で、時間についてはほとんど研究されてこなかったが、料理人が最も気にするのは時間なので、味わいと時間という視点から研究を進めました。フランスで開発された分析手法の質的時間変化測定法(Temporal Dominance of Sensations:TDS)が感覚(Sensory design)の開発に使えないかという研究から、パティシエのエスコヤマ氏(小山 進氏)と共同でTDSを活用してフレーバーデザインを行い、新しいチョコレート「ほうじ茶&玄米、賀茂なすのしば漬け」を開発しました。既に販売されている「アリバミルク50%」、「大徳寺納豆」もTDS分析し、今日は3種類のSensory design chocolateを試食していただきました。会場の皆さまは、普段のチョコレートを食べる時とは異なり、TDSのグラフを見ながら、真剣な表情で味の時間的変化を感じていました。
続いては、本日のタイトルである「うま味とデセール」をテーマに、AROMEアローム≪パティスリーコンセイユ≫代表の長江桂子氏によるデモンストレーションです。長江桂子氏は、学習院大学を卒業後、語学を学びにフランスへ留学され、同時にコルドンブルーでパティスリーを学ばれディプロムを取得されました。稀なタイプのパティシエとしてスタートし、「ラデュレ」、ピエール・ガニエールプロデュースの「スケッチ」(ロンドン)、ヤニック・アレノの「ホテル・ムーリス」、ミシェル・トロワグロの「ホテル・ランカスター」でレストランパティシエ、シェフパティシエを歴任されました。2008年、ピエール・ガニエールのパリ本店シェフパティシエに就任し、新店オープンや特別ディナーイベント等を指揮。2012年にAROMEアローム≪パティスリーコンセイユ≫をパリに設立し、現在は国際的なパティスリー・コンサルタントとして活躍中です。
本日のデモンストレーションは「タマリロソルベ(トマトソルベ)」と「トロピカルフルーツとパルミジャーノクリーム」の二品ですが、この時期「タマリロ」はシーズンではないので、入手しやすいトマトを使ったソルベのデモンストレーションをご覧いただきました。「タマリロ」は南米原産のトマトの一種で、英語では「ツリートマト(木のトマト)」と呼びますが、長江氏はベネズエラでのイベントの時に初めて市場で出会い、その香りとうま味の強さに驚き、デセールの材料に使ってみようと思ったそうです。日本ではあまり一般的ではないタマリロなので、デモの前にタマリロとソルベに使ううま味の強いトマト、それに普通のトマトを試食し、そのうま味の強さの違いを体感しました。
デモンストレーションは、「トマトソルベ」、「トロピカルフルーツとパルミジャーノクリーム」の順に実施しました。(具体的な作り方は「長江桂子氏レシピをご覧ください。」)
手を動かしながら、レシピの考え方やレシピ開発のエピソード等についての興味深いお話を紹介され、うま味よって得られる満足感で砂糖などの糖度を下げることができるという説明がありました。パティシエの仕事については、材料を計ることから始めるが、基本となるレシピはあるものの、フレッシュな食材に合わせ、糖度・酸味・加熱方法の調整が毎回必要になるということ、また同じパティシエでも、ケーキショップのパティシエとレストランパティシエでは性質が異なり、ケーキショップではおいしさの持続性が求められるが、レストランパティシエは瞬間的なおいしさが求められ、レシピの考え方全く異なるということを説明されました。
興味深いお話しに続いて、全員に「タマリロソルベ・トマトソルベ」と「トロピカルフルーツとパルミジャーノクリーム」の試食が配られ、うま味を活かした本場のデセールを堪能致しました。
最後に、登壇された二宮理事、川崎寛也氏、長江桂子氏への質疑応答と、本日のレクチャーの総括として、川崎氏は「うま味は料理をデザインする時のツールの一つ、正しく理解していなければ食材を思い通りにコントロールすることはできない」、長江氏は「うま味を使うことで糖度を下げても満足感を得ることができる。それと同時に複数のパーツからなるデセールでは、おいしいと思ってもらえる最終形をイメージし、個々のパーツをどう組み合わせるかというバランスが重要である。そして、なぜそうするのかという科学的な裏付けが必須である」と、それぞれご自身の「うま味」についての考え方を披露され、料理のテクニックを学ぶことも大切だが、調理を裏付ける科学を学ぶことの重要性が問われている事を確認して本日のレクチャーは終了いたしました。
当センターでは、うま味の理解・普及に向けて、このような活動をこれからも続けてまいります。引き続きご支援よろしくお願い申し上げます。